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  • みのお瀧安寺名物 行者そば

    【製造者】 株式会社川本食品(奈良県大和郡山市)
    【販売者】 株式会社花畑商店(大阪府箕面市)
    【特徴】 箕面大滝の水を活用して水車による製粉業を営んで以来100年余りの伝統を生かして、心をこめて究極の抹茶入りそばを目指している。
    【購入価格(税別)】 600円、汁付(240g入、2,500円/kg)
    【原材料】 そば粉・小麦粉・抹茶粉・食塩
    【茹で時間】4分
    【管理人のコメント】 大阪の干しそばを見つけるのは容易ではなかった。大手ネットショップでは見つからず、大阪製麺組合名簿からシラミ潰しに調べたが、どこも飲食店向けの生麺玉の製造・卸ばかり、1件も干しそばを製造していない。BtoBを大切にする大阪が故であろうか・・・。
    そうして、やっと見つけたのがこの「行者そば」。茶そばのほとんどは蕎麦の含有が3割未満であるが、行者そばは更科粉がたっぷり入っているらしい。適度にもちもちした食感と粉の甘みを感じながら、上質な抹茶の風味が爽やかな後味に導いてくれる。緑茶のようなそば湯も美味しくいただいた。

    行者そばの由来
    ​箕面山は古来より箕面滝を中心とした修行地だった。瀧安寺は弁財天の導きを受けた役行者が箕面滝で修業して、西暦658年に祭祀したのが始まりとされている。
    言い伝えによると瀧安寺周辺で修行する行者たちは、そば粉を携えて山中での厳しい修行に耐えたと言われている。そばは五穀に属さないことから「五穀断ち」となり、火を通さずに山の清水に溶いただけで食すること木食ができることから、行者の携帯食になっていた。これが行者そばのルーツと言われている。
    もっと詳しく知りたい人は、本ページ下の方をご覧ください。

    おまけのポストカード。行者が修行した箕面滝の写真も見られた。


    「行者そば」の由来
    箕面山瀧安寺所蔵箕面寺秘密縁起より

    瀧安寺の開祖は、役優婆塞(役小角 舒明天皇六年(六三四)~大宝元年(七0一))です。役小角は大和国茅原の人ですが、白雉元年箕面滝本において艱難辛苦の修行中不動尊像の彫刻を発願し、これを祀るため一堂を建立したことに始まります。その修行の中、夢枕に顕われた徳前大王の導きによって、竜樹菩薩の浄土に到り、さらに当山の本尊(箕面権現)弁財天即聖如意輪観音菩薩と出会い、手ずから竜樹菩薩・弁財天女尊像を造立し、それ以来、箕面寺と号してお祀りしてきましたが、後に後醍醐天皇より「瀧安寺」の寺号を下賜され、 今日に至っています。
    開祖役優婆塞(役小角)は、苦行をかさねました。持統天皇九年(六九五) 六十二歳の時、讒言によって伊豆国大島に配流されるなど多くの苦難を受けながらも全国津々浦々で衆生済度に生涯をささげ、大宝元年(七0一) 箕面山戊亥角(天上岳山頂)より大唐国へ飛昇しましたが、その没後も「役行者」と呼ばれ、山岳信仰の祖師として、その名は全国に知られています。
    これらの衆生済度の功績により、後年光格天皇より大菩薩号が諡名され、今なお神変大菩薩として幅広く厚い国民信仰を受けつづけています。
    瀧安寺所蔵の箕面寺秘密縁起によれば、役優婆塞行者が難修行し悟りを得るまでの修行の毎日の生活は、すさまじいものだったと記されています。

    『積却累徳、剥藤嫉為衣、以松葉為食(中略)・・・惜暇不切爪不剃髪・・・(以下略)』

    (却を積み徳を累ね、藤皮をはいで衣となし、松葉をもって食となし・・・暇を惜しみ爪を切らず髪を剃らず・・・)とあります。

    ご参詣の縁を機会に、役行者のこれらの苦行を偲び、国民の平和と衆生済度に粉骨砕身した修行の威徳にふれ神変大菩薩の遺された無双の霊験をもって、「招福」と「除災」にあやかっていただけるよう「行者そば」を布施 (広く施す)しています。
    『松葉』を「抹茶そば」になぞらえ、役行者の心を偲び、神変大菩薩の功徳にあやかっていただければと願っています。
    商品添付のしおりより

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